何らかの集まりでありお互いのやっている研究の相互理解を深める。
チームメンバーを組むことでやる気が出たり
メンバーがお互いを似ているように感じたり尊重しあったりしたりする。
お互いのメンバーの立場を認める。
メディアとチームを組むことはできるのか?
実験の結果。可能である。ただし、対等にならなくてはいけない。
しかし、アイデンティティはあんまり効果がない。
人はジェンダー(社会的な性別)を感じる。(医者=男)みたいな
コンピュータにするとジェンダーはどうか。
コンピュータの男の声と女の声で被験者の感じ方が違う。
実験では男性の声はコンピュータの話題。
女性は恋愛事の話題、が詳しく感じられた。
ジェンダーではわたしたちにはジェンダーで判断することが容易にできない。
声は社会的行為者。暗闇の中で声によって誰がしゃべったかわかる
実験により、コンピュータに評価するのではなくて声に評価することが分かった
社会的行為者は声であってマシンではない
1つのコンピュータに1つの存在ではなく1つの声に1つの存在である。
(→小説のネタになりそう白目
吾輩は猫である=夏目漱石が言っているのではなく猫が言っている。
新聞は記者に責任を求められるのではなくて、まとめた人に責任が求められる。
作者のことを考えるより「信じることにしておく」方が見る側は楽しめる。
コンピュータが「コピーしています」と言っても、プログラマーがそういっているのではない。
情報源のキャラクター層が厚くなるほど情報源としてのマシンは遠くなり透明になり情報源として見つめる。
サイズ=メディアの等式を成り立たせるもの。
映画を例にすると。場所が違うと同じ映画でも大画面でみるのと家のテレビで見るのとでは違う。
人は見たままの重要性に従って認識する。
覚醒度はそのまま次の行動に受け渡せる。
よって、覚醒度が高ければ次の行動がネガティブならそれにも伝播される
メディアの等式を成り立たせるには内容だけじゃなくて形式も重要
視界心理学的には画質が良いからと言って画面にどっぷり浸かれるわけではない
視界が低画質だからである。
画質か、画面のサイズか?
大きい方がよい。と言われている
音質が与える映像の評価は、同じ画質でもよい音質のほうが良い評価が得られる。
音質>画質 という結果が得られている。
(映画館の)映像を作るときは画質にコストをかけるより音質にコストをかけたほうが相手に良い印象を与えることができる。
友達との会話でポジティブな反応が返ってくるとき、ラグがあると……。
メディアのタイムラグが発生するとどうなるか
ズレの認知は意外と難しい。
音声が映像に先行するとネガティブに捉われる。
コミュニケーションに置いてメディアに置いても現実世界と同じく奇妙なことはネガティブに捉われる。